クリオネは大きくなると何になるんだろう。

以前、水族館に勤めていた友人の父親に、
「クリオネって大きくなったら何になるんですか」
と聞いたら、
「大王イカだよ」
とにっこり笑って答えてくれた。
僕は心底驚いた。

友人の父親は、黒い縁の眼鏡をかけていて
非常に優しそうな印象の人だった。
白髪交じりの髪を短く刈っていて、
頭を自分でぽんぽんとたたきながら僕に説明してくれた。

「あんな、海の天使とか呼ばれているけど、
大きくなったら、海の悪魔さ」
と友人の父親がにっこり笑って言ってくれた。

「クリオネは大王イカの卵から孵ってすぐの状態なんだよね。
あのひらひらとした手の部分が「発達-分化」してだんだん足になっていくんだ。
最初は、南極の近くにいるんだけど、徐々に太平洋の方に出て、
大きくなると産卵しに南極の方に帰ってくるんだよ。」

「なんで、寒い南極で卵を産むんですか」

「大王イカの天敵はマッコウクジラだろ。彼らから逃げているうちに、
だんだん、南極に移動するっていう寸法さ。
あと、寒い海の方が卵が他の生き物に食べられないから、
子孫が生き残る可能性が高まるっていう説があるけどね。」

この話が全くのでたらめだと気がついたのは、その5年後だった。

なぜなら、クリオネのいる水槽の説明書きに
「クリオネの一生は、プランクトンとして過ごすことになります。
腹足類(巻貝類)に属します。イカと同じ軟体動物なのです」
と書いてあったからだ。